[160] 給与 デジタル払い可能? ①(日経新聞)

毎月の給与を現金以外で受け取るのはイエスかノーか。」H30.8.3金 日経7面(金融経済)

例えばポテトチップスを製造販売している会社があったとして…

「今月から給与はいままでの現金の代わりに我が社のポテチでお支払いします!」


社長からある日こう宣言されたらどうでしょうか?

「すこし面倒なことになったな…」

そう思うのが普通だと思います。ポテチはかさばるうえに、賞味期限もあり、ポテチが欲しい人は限られているからです…

「そこではぬあ~い!」

そんな風にツっこまれそうですが、感情のお話ではなく、理屈のお話です。

貨幣の最も基本的な機能は、財と財との交換をスムーズにすることにあります。これが、交換手段としての貨幣の機能です。もし貨幣がなければ、すべての市場取引を物々交換で行わざるをえなくなります。」大学4年間の経済学が10時間でざっと学べる P170 井堀利宏(東京大学名誉教授 東京大学院教授)

これは経済学部に入学したばかりの大学1年生が習う「貨幣」の役割そのものです。

つまり物々交換よりも「お金(貨幣)」を間に挟んだ方が、お互い都合がよいということです。お金はポテチよりもかさばらず!賞味期限もありません! 現物にはないとても優れた機能があります。したがって現代では物々交換する人はほとんどいなくなり、わたしたちは都合の良いお金(貨幣)を使うようになっているのです。


ギャートルズだって貨幣らしきものを持ち歩いています。

それなのに!ギャートルズ以前に先祖がえりをして!

「今月から給与はいままでの現金の代わりに我が社のポテチでお支払いします!」



このようにたやすく変更されてしまうと、大変困ったことになります。
現金が必要ならばポテチを売る必要がありますが、ポテチを売るためには広報費や売り場の地代や通信販売ならば送料や梱包材などをはじめとする経費がかかります。たとえポテチが売れたとしても経費を差し引けば、手にする現金はそれだけ少なくなることになります。その経費分を見越して会社がポテチを増量!して支給してくれるとは考えにくいですよね…

実はポテチでお給料を支払うことは「現物支給」と呼ばれていて、ある手続きを踏めば不可能ではないのですが、今日的には例外と言わざるを得ません。

お給料のことを法律的には「賃金」と呼びますが、「賃金」はどのように支払わなければならないかということが、労働基準法という法律に定められています。

賃金は、労働者にとっては、自己および家族の生活を支えるほとんど唯一の源資である。(「源」は「原」ではなく原文通り)労基法は、この賃金が労働者の手に確実にわたるようにするため、その支払い方法について、①通貨払い ②直接払い ③全額払い ④毎月払い ⑤一定期日払い、の五つの原則を定めている(労基24)」社会保険労務ハンドブック 平成29年度版 P79 P80賃金の支払方法

これを「賃金支払いの5原則」と言って、社労士試験にも頻出の賃金の大切な法的性質です。

「現物支給(ポテチ払い)」は、これら5原則の「①通貨払い」に引っかかるのです。


通貨とは、強制通用力をもつ貨幣のことであって(貨幣法7)、小切手や現物給与による支払いは許されない。」同社会保険ハンドブック P80 通貨払い

「ポテチ払い」はぜんぜんダメですね。

「銀行振込」はどうですか?

「銀行振込」は「現物」ではないと思いますが…


「銀行振込」は「通貨」でもらったことにはなりません!

「銀行振込」でお給料をもらっているひとがほとんどだと思いますが、先ほどの(貨幣法7)には「通貨とは、強制通用力をもつ貨幣のこと」と書いてあります。つまり「銀行振込」を現金化することはできますが「銀行振込」そのものは「貨幣」ではありません。なぜなら銀行が破綻したとすると預金の全額は保障されませんので「強制通用力」があると言い難いと思います。(ちなみに銀行破綻時に保障されるのは1,000万円までの元金と利息です。これをペイオフと言います。)

「銀行振込」が可能なのは「①通貨払い」の原則に例外があるからです。

例外では「労働者の同意を得たうえで、賃金を、本人指定の預貯金口座に振込む方法による場合または証券総合口座へ払込む方法による場合…には、通貨以外のもので支払ってよい(労基24①但し書き、則第7条の2)」としています。(同社会保険ハンドブック P80 通貨払い)

これを根拠としてお給料の「銀行振込」ができるというわけです。

労働者の同意さえあれば「振込に限って」通貨払いの原則が覆るということです。

みなさんが会社員であれば、入社の時に誓約書などの書類を書いて会社に提出していると思いますが、その中に「銀行振込」に関する「同意書」が含まれているはずです。裏を返せば「同意書」がない場合は「銀行振込」ができない!ということです… (みなさんの会社は大丈夫ですかね?)


1947年に制定された労働基準法は24条1項で給与振り込みを規制。原則として「会社は給料日に現金を給与袋に入れて従業員に手渡しする」との趣旨の規定を明記する。今では主流の銀行振込も例外扱いする古式蒼然(そうぜん)の規制だ。」H30.8.3金 日経7面(金融経済)


「古式騒然」と断じるあたり…日経新聞としてはめずらしくチャレンジングな書きっぷりだと、わたしのような労務の専門家が読むとすこしドギマギする記事でした。「みんながやっているから=主流」「70年前の法律だから=古式」という理由を否定するわけではありませんが、お給料は大切な生活を支えるものです。そもそも論を紐解いて丁寧に議論する必要がある大切な課題だと思います。

そもそも論!わたしもすこし紐解いてみたいと思います。


つづく

2018年08月13日